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十津川村内工事にて台風12号を体験
2011年9月12日
十津川村内工事において宿直しており、「台風12号」の被害を目の当たりにしました。終日降り止まない猛烈な雨、停電、電話不通、断水etc・・・次々とライフラインが絶たれ、3日未明には、私がお世話になっている民宿にも、家屋が流された方や近隣の方々が避難されてきました。深夜、停電で真っ暗な中、雷が光るたびに辺りが照らされ、みるみる河川の水位が上昇してくるのが分かり恐怖を感じました。
翌朝には、上流で河川が堰き止められており、それが決壊したとの避難命令のサイレンが鳴り響き、あわてて山道を駆け上がり避難しました。後に決壊の情報は誤報であることが分かりましたが、引続き決壊の恐れがあるとのことで、高台にある老人ホームに誘導され避難しておりました。通信手段が絶たれ、全く情報が入ってこない不安の中、付近ではいたるところで土砂崩れ・道路崩壊・落橋しており、国道、県道、村道、どの道も通れない孤立状態であることが分かりました。
台風が本州を通過した4日には、未だ雨が降り続く中、地元消防団を中心に復旧作業が行われておりました。幸いに私が避難していた地区は、同日中に電気が復旧しましたが、依然、その他のライフラインは寸断されたままでした。復旧や孤立状態が長期化することが懸念されたため、食事制限や物資の共有、山水の利用など、皆さんが協力し合い助け合って過ごしておられました。一方、消防団では、水道の復旧や通行ルート確保などの復旧作業の優先順位を決め、孤立地区内にある重機械を用いて復旧作業に取り組んでおられました。
5日は快晴でした。依然外部との連絡が一切取れない中、現場の被害状況が気になり、孤立地区を徒歩で抜け、電柱が倒れていたり土砂崩れや停電のトンネルの中を、2時間弱歩き現場にたどり着きました。幸いに現場自体は付近に比べ大きな被害は無かったのですが、こちらの地区も孤立状態で、ライフラインは全て寸断されており発電機で炊き出しを行っておられました。夕刻、避難所に戻る道中、消防団分署に長蛇の列ができており、衛生電話が1台入り並んでいるとのことでした。一人当たりの時間も限られた中、家族と会社に連絡することができました。
6日は、前日に消防団の方から1箇所山越えのルートが通行できるかもしれないとの情報があり、早朝より崩土箇所の復旧作業を待って通行し、教えて頂いたルートで帰社を試みました。さすがに崩土箇所の先の道路状況は不明とのことで、山越えの林道のいたるところで落石、路肩欠損、倒木等、困難な道のりではありましたが、何とか11時間かけて無事帰社することができました。
しかし、未だ村民の皆様が、不自由な被災生活を送られていることを考えると心が痛みます。サイレンが鳴り高台の山道に避難していた際には、見ず知らずの方が食料を分けて下さったり、避難所では同じ避難している身にも関わらず、民宿のお客さんとして扱って下さったり、一人で宿直していた私にとってはとてもありがたかったです。そして、孤立状態でも消防団を中心に、冷静に一致団結して物資の調達や復旧作業に尽力し、みんなで助け合い、協力し合う村民の皆さんの温かさ・強さを体感しました。
被害を受けられた皆様の安全と健康、そして一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。弊社十津川作業所も、全力で一日でも早い復旧に取り組んでまいりたいと思います。